×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

大きなイベントであってして、
実はそんなに大きくない
田舎帰りの日常

何でもない日常の風景。それを表現するのは、造作もないことでありそうで、実は結構神経を使うものである。なぜなら、体験の表現と実際の体験のずれの多少は、そのものの表現能力に左右されるからである。
 今朝は寝坊した。本来ならば出発しているべき時間に目が覚めてしまった。これではいけないと思いつつも、準備が万端でないことに気づく。急いで身の回り品を準備する。衣類が決定的に不足している。こうなったらと、親父の衣類を少々拝借して、そのまま家をでる。

 バスに乗る。今日はたまたまだろうか。中国JRバスのバスセンター経由、広島駅行きである。広島YHのある牛田新町一丁目からは、バックパッカーが大勢乗車してくる。みんな荷物が、その背の高さくらいに高い。そして、大きい。一体全体、何でそんなに荷物が大きいのか。一週間、一〇日では済んでいない旅なのかもしれぬ。しかし、あまりに大きな荷物に、当の本人たちが辟易している様だった。広島のバスは基本的に大型車両を使用しているが、それでも背中にしょった荷物のてっぺんあたりが、入り口扉ぎりぎりの高さである。日本人ならまだしも、外国人ともなると、彼らは背が高いので、乗車だけで一苦労である。

 なんだかんだで広島駅に到着。PBのお茶(伊藤園製品)を駅のキオスクで購入する。そして改札口へ。広島駅の職員さんは、いつも通りに不愛想に、改札を通してくれる。一八切符だから致し方ないのであろうか。せめて一八切符が、例えば札幌市営地下鉄の一日乗車券みたいに、自動改札で通れるカード式なら、楽であろうに。そうでなくても、JR西日本の姫路以西に自動改札が出現する日はまだまだ遠いようである。

 列車は1027の岩国行き各駅停車である。車両は一一五系。運良く、転換クロスシートに座ることが出来た。この車両が広発で、呉線経由だったためか、これまた大勢の人が、広島駅ではきだされている。観光客は明らかにそうと分かる。広島市街は案外見所が少なく、観光資源は、矢張りといっては何だが、郊外に散在している。おそらく乗り換えであろう。可部線からは、三段峡に行けるが、さてどのくらいの人が可部線に乗るだろう。可部線可部以北は、赤字ローカル線の問題であると同時に、実はJRと広電(そこの路線はバス部門だが)の戦いでもある。三段峡には、微妙にバスの方がはやい。廃止決定の可部線可部以北が三セク化されるとしたら、今度はその会社と、JR、広電の戦いとなる。さて、軍配はいづれにかあがらむ。

 このまま列車は山口方面を岩国まですすみ、1114に岩国に到着する。私は幸いにして二号車7A座席に座ることが許されたので、海沿いの車窓が大いに楽しめる。瀬戸の海は、いつ見ても美しい。具体的に言えば、春日歩嬢の心の大きさである。さて、瀬戸の海は水平線が見えない。どこかに島影が見えると言っても過言ではないかもしれぬ。それが瀬戸の特徴である。そして、島にしては車窓からのその姿はあまりに大きい、厳島を車窓に望む。国道2号線は相変わらず宮島以東で渋滞している。人々は宮島口駅でたいていの人が降りていってしまう。みんな宮島さんに参りにいくのであろう。JR利用客はJR唯一の航路宮島航路から、JR汽船を乗り継いで宮島駅に行くのであろう。実はJR宮島駅は駅すぱあとに載っていない。観光客には松大汽船も、JR汽船も同じであろうから。そうなると、後は利便性と、運賃かな?そんなことを考えつつ電車は西進してゆく。国道2号線も宮島以西はがらがらである。自動車もやっぱり宮島であったのか。今日は、夏休みとはいえど、いつもよりまして、客が多いきがする。

 列車は前空駅で大きな荷物を持った客を1人おろす。今からきっと里帰りに違いない。右手には、大きく宮島の島影が見える。地図上ではほんのちっぽけな離島にすぎない宮島も、実際目にしてみると、案外大きいものである。そして、そこで、貴様は何遍宮島を見ているのだ、というつっこみは無しである。

 列車は1114に岩国に定刻に到着する。腹ごしらえしようかと思ったけれど、あいにく財布が空っぽである。少々我慢するしかない。岩国からの列車は、昼間は一時間あたり2〜3本しか走っておらず、1139岩国発1244徳山着の列車は、立ち客であふれかえっている。大変なこみっぷりである。 そして、私も例外なく、その立ち客の一人となった。

 岩国駅からの見物は、その車窓から見られる、一面の睡蓮畑であろう。きっと、国産野菜として全国に出荷されるであろう。嘆かわしいことに、蓮根は、漂白されてから出荷されることが多い。あの中の内に、本来の蓮根の味を賞味できるのは、矢張り生産者であろう。日本の農業における現状を鑑みる限り、生産者にとってはそこだけは、当然の権利である。

 ここら辺に来ると、平和な風景ばかりである。窓の外は瀬戸内海か山肌しか見えず、(それでも立っているとなかなかそれも見づらいのであるが)本日が晴天で本当に良かったなと感じる次第である。

 由宇(広島カープの2軍の本拠地。カープの2軍は由宇カープなのである。由宇はもう少しそれをアピールして、集客資源にしても良いかもしれぬ)まできて、はっと気づいた。車内放送が聞こえぬ。車掌が検札、雑務にまわっているかと思いきや、車掌は先頭車両の乗務員室にいる。何のことはない。列車の音がうるさくて全く聞き取れないだけなのである。まぁ普通の観光客はぶらりとこんなところで途中下車することはなかろうて、途中下車する人は今か今かと待っているはずで、生活の一部として乗車している人は、車内放送など、そもそもふようであって……いろいろな要素を考慮しても、確かにここいらへんのみ限定すれば、車内放送のメリットは少ないと思われる。でも、それはお仕事だから。

 大畠から人が激減する。みなさん、大島に実家がござっしゃるようだ。残る人々は、徳山までランデブーである。柳井まで来ると、海が見えなくなってくる。両側どちらを向いても、水田ばかりが広がっている。水田ばかりではなさそうだ。水田の一部―――矢張り蓮畑か―――が転作されているのが分かる。田圃を縫うように走る連絡農道のど真ん中に、信号機が立っている。形から考えて、設置はごく最近のようだ。そういえば、見通しの良いところこそ、逆に事故の危険性が極めて高いのだということを、何時か何処かで聴いたことがある。あの交差点が、すると、事故の多発地帯か。国道でもあるまいに。きっと速度を出しすぎるのであろう。くわばらくわばら。

 列車は西進を続けているが、私は田布施あたりで、眠気におそわれる。旅人とおぼしき女性は、座れる席があってもずっと乗務員室の窓から、前方の景色を見ているが、途中でおりてしまったらしい。相席の男性は、白無地のシャツにジーンズで、弁当をほおばっている。どうやら、長旅らしい。心なしか、荷物も大きく感じられる。いざとなれば白無地のシャツ一枚で列車に乗る根性、その気概が非常に男らしい。しかし、そういうときに得てして犠牲となるのが、食費である。彼は、おそらく、コンビニでもっとも安くて量の多い、おにぎり弁当を食べていた。

 暇になったので車窓を楽しむことにする。といっても毎年、微妙に変わるか変わらないかの、山陽本線の見慣れた沿線風景である。そして、これもいつものことだが、岩国以西徳山以東のこの地域は、座れた時には、瀬戸の内海は見られなくなってしまっている。車輪の音と、モーター音、エアコンの音が静かに響き渡る。こういうときは、仕方がないので、雑音の中の静寂さを楽しむことにしている。奇妙ではあるが、こういうところではっと、静寂さに気づかされるのは毎回のことである。勿論声には出してはいない。

 光駅から瀬戸内海が見えてくる。島影が映る。瀬戸内海の特徴の一つである。滝野智は、微妙に狭いとおっしゃっていたが、それでも矢張り、海と名が付くだけあって、広い。

 徳山で乗り換え。徳山から乗車の列車は、徳山1254発下関行きである。一一一系列車の所謂「直角座席」の車両である。私は、今度は山側の窓際の座席に腰掛ける。昼飯を食している時間は―――残念ながらなさそうである。乗り換え駅の厚狭でも、おそらく食事はとれないであろう。本数が少ない分だけ、山陽本線上りにも下りにも接続できるように、美祢線のダイヤはくんである。昼を過ぎると、学生たちが多数乗車してくるのが見える。彼らの一部は、観光客を、その態度で明らかに疎ましがっている。本数が少ないから少々の摩擦はやむを得ぬ。我々が如何に、地元利用客に迷惑をかけぬかが、大きなポイントとなっているのは言うまでもない。しかし、この座席は少々堅い。二号車、三号車などに乗れば、もっと違ったかもしれない。しかし、座ってしまった手前、何ともいえず、ただただその場に座って待つのみである。厚狭駅より到着予定時刻が1420。約二時間半、空腹と、尻の痛みに堪えねばならぬ。結局苦痛かもしれないと思うのは、いつもここからである。

 いつの間にか国道二号線を山側に見るようになっている。山口県の道路のガードレールは黄色いものとして、それが独特のものであった。今の国道のガードレールは、なにやら真っ白である。そしてすすで汚れていない。そういう状況からして、新設されたものであろうか。新設ガードレールも是非とも黄色(正確にはミカン色と表現すべきか)でキメてほしかった。私がそう残念に思っても致し方のないことであるが。

 さて、ここからは記憶がない。今回記憶がとぎれた付近の場所は、小郡駅をすぎてからすぐである。いつもは、福川あたりで寝てしまうのだが、今回は、レポート用紙にメモを事細かにとっているのが影響してか、寝付きがおそいようだ。目覚めたのは本由良から。相席の女性(可成り可愛い!!)も爆睡している。彼女もまた一八切符を使用した長距離旅行者のようである。さて本由良から駅間がぐっと長くなる。本由良―厚東―宇部―小野田―厚狭までだいたい四駅三〇分である。ここら辺の道路には黄色い(ミカン色の)ガードレールが残っていて、少々安心する。

 国道二号線との併走区間では、自動車とほぼ同じ速度で走行しているようである。例えば本由良―厚東間10.3kmを電車は九分で走るのでその間の表定速度は、約69km/hである。自動車もそれとだいたい平行して走っているところを見ると、自動車の方が少々優勢なように思われる。勿論、電車をぶち抜かす自動車も数台現れる。

 旅のお供には本とウォークマン(ソニー製)を持ってきたが、後者はともかくとして、前者は必要ではなかったかもしれぬ。当日は十分に晴れていて、車窓を楽しむには十分である。雨の日の瀬戸内海は、悲惨というか、何も見えなくなってしまう。まぁ今日持ってきたのは、内田百閨w百鬼關助M』であった。文庫本の選択はグッドである。後者はというと、急いでいたため、選曲ミスをしたようである。持ってきたのはというと、林原めぐみ『Vintage-s』であった。残念ながら、私の主観的には、場にふさわしくないと思われてしまうのが残念で仕方ない。

 さて美祢線に乗り換えであるが、美祢線の接続は非常に良かった。五分乗り換えで座席が既になくなっていたのである。美祢線の本数が少ないためか、はたまた他の要因からか、キハ一二〇系車両は以外と、乗客で賑わっている。厚狭駅構内には長門の方から積んできたであろう石灰石車両が三両、機関車に引っ張られる形で待機している。それを横目に、我々のキハ一二〇は美祢方面にいくのだが、―――勿論、湯ノ峠や、四郎ヶ原での乗降客はいないと思っていたが―――なんと今回は四郎ヶ原で乗車している人がいる。一八切符ユーザーのバックパッカーらしく、美祢駅で彼は降りる。美祢駅では約半分の人が降りているが、それと交換する形で乗車客がいるので、当然、前方に立っている私が、座れるはずもない。軽快気動車シリーズは、何かと走りは快適な分、座席が少ないのが、玉に瑕である。私はそのまま立った姿勢のままで、前方の景色を楽しむことにする。

 そういえば、前々から気になっていたことなのだが、美祢線では、非常に微妙な区間で低速度制限がかかる。20km/hとか15km/hとか。特に急カーブだとかいう要素は見あたらない。こればかりは流石に謎である。

 私は板持駅で下車し、母方の郷里の家に向かう。そう、板持駅で本当は今日の旅は終着である予定だったが、本日は長門湯本温泉に入浴するので、もう一度、美祢線を使用する。(勿論歩けない距離ではない。私なぞは、板持から仙崎間を踏破したことがある。)最近源泉により近い側の「礼湯」の方が、長門市の事業で、改築工事を行ったという。何と言っても長門湯本の良いところは、大衆浴場の入湯料が非常に安いことである。これは他の浴場にも当てはまることだが、長門市の場合は、そこがチャームポイントになっているようだ。

 さて今回の決済だが、

広島〜板持 215.6km
通常料金¥3570
学割料金¥2860
一八切符との差額¥560
  五時間の移動の割には、大して差額が生じなかったのが、意外であったが、この距離を快速無しで走るのであるから、五時間という時間もたかがしれたものになるのである。
爾安戻?
たぶん旅