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郡山の朝
郡山の朝は、やや睡眠不足気味。ローテンションのまま郡山市内へ。

 会津若松では、漫画喫茶という庇を見つけたとはいえ、到着時に時刻はすでに午前2時半を回っていた。
 会津若松駅からは結構離れた位置に漫画喫茶はあり、目的の6時37分の列車に乗るためには、深い眠りにつくわけにはいかなかった。



 その夜、漫画喫茶を一緒に探して、一緒に会津若松の風の俗な夜をさまよった東北大学生の彼は、会津若松5時27分の列車にのるといって、5時には漫画喫茶を出たらしい。



私はというと、

    まずパソコンでインターネットをしながら最近2年分の『改蔵』を読んで

    マッサージチェアに座って『イヌっネコっ』をとりあえず読んで

    肩もみのスイッチを最強にして『ゴルゴ』をつまみ食いするようにぼそぼそと読んで

    そうしているうちに6時になって、

という感じだった。


 食料を途中にあったセブンで買い込んで、会津若松駅へととぼとぼ歩く。会津若松駅は横断歩道が無く、地下道で交差点を渡るようになっていたが、体が疲れているのと、車が全く走っていないの二本立てで、駅前交差点を堂々と渡ることにする。




 駅前のバスターミナルでは、もう6時半にもなろうというのに、まだ昨日のチャリダーの集団が寝袋にくるまってすやすやと寝ていた。本当はいけない。駅寝は、地元の人に迷惑をかける行為である以上、あくまでも始発列車までにその場をあとにしないといけないのだ。





朝の会津若松駅。朝日に鈍く輝く白虎隊。


 私は、郡山に着くまでの1時間20分を「睡眠時間」と位置づけた。そのためには着席が絶対条件である。
 しかし、喜多方からの始発列車であるその列車の乗車率は意外と高く、座るためには、すでに相席をしなければならない状態だった。ドア側ロングも埋まっており、私はためらうことなくボックスシート相席を選んだ。
 そしてそのまま眠りの世界へと…。








 目覚めたときには、郡山駅に列車が到着する旨、車内放送ががなり立てているところであった。乾いたスピーカの音に、私は目をこすって、立席の人々が電車の空間から解放されるのを待った。



 郡山駅に降り立つ。朝だからこそ人が多い。18きっぷの下車印獲得は諦め、郡山駅改札内をでる。駅前のローソンで携帯電話の非常用電源を購入し、噴水前でぼけーっと充電しながら、今後の動きについて考えを巡らせてみる。


    とりあえず、今日は、4時頃に館山市にいけばいいかも、まだ返事はないけど。

    ああ、これなら途中宇都宮によるなぁ、うん、昼ご飯はギョーザかなぁ。

    するってぇと、郡山発は11時42分がベターかなぁ。


 携帯の電波時計をみてみると、時刻は8時ちょうど。郡山発の時刻まで3時間半ある。駅前をみてみると、ひっきりなしにバスが発着しているのが目に入る。いつものをしてみようかな、と考える。
 適当なバスに乗り込んで、¥300くらいの運賃のところで降り、散策をしてみる。路線が充実しており、本数もそれなりにある地域での、観光の荒技である。バス路線表をみてみる。ずいぶん様々な路線が重なっており、線が太くなっている。これはいけるかもしれない。



 私は適当なバスに乗り込んだ。周辺の景色と運賃表をみながら、郡山市内を走る。みればみるほど、どこでもありそうで、どこにもない景色が、ここにも広がっていることを実感する。郡山商業高校前、第一中学校前など、普通にありそうなバス停を通過する。運賃表が変わり¥290となる地点、鶴見坦交差点なるところで、私はバスを下車した。



 この周辺の道路は並木が綺麗に整備されており、歩いていても、たとえば自転車で走っていたとしても、爽やかに走れるであろう雰囲気であった。




 自動車では、一体どう感じるかは、自信を持ちかねるが。


 道路に設置されている青看板によると、この付近には「開成館」とよばれるものがあるらしい。どうやら地元では結構有名な施設らしい。近くにあるらしい。
 私は青看板が示す方向のとおりに、歩いてみる。歩道も綺麗に整備されており、並木道が絶えることはない。どうやら右側に見えるそれは、大きな公園らしい。グランドでは、お年寄りがゲートボールをやるという、極めて平和な風景が広がっている。交番のある交差点で堂々と信号無視をし、開成館の方へと歩く。



 開館時間は、10時からであった。




 いつもの落ちだ。


 隣には開成山大神宮と、郡山女子大があった。夏休みだけあって、女子大のほうはしーんとしていたが、おそらくこの砂利道はその季節になれば、若々しいおなごたちであふれるのだろう。
 神社では大吉も引けなかったが、鹿島神宮でもそれは引けなかったし、まぁこんなものかと思う。神社の縁起は特に見つからなかった。私は併設されていた開成山公園なるところに歩いてゆく。



 公園はよく整備されていた。花壇に植わっている花や植物も、よく手入れがなされている。規模的には、広島人なら、中央公園と比治山公園を足して2で割ったくらいの規模を想像していただければよいだろう。人が散策するところは、見渡す限りの砂利が広がっている。




公園内には「退職」したD51機関車が静かに余生を送っていた。




 噴水をみてみた。赤い橋が架かっていて、その上を、中学生であろうか、体操服姿の女学生と自転車に乗った先生らしき人物が走っていた。おそらく体育の時間であろう。走るのがおそらく不得手であろう生徒も走っていたみたいだ。




 野球場では、試合をやっているようだった。




 番をしていた受付の高校生は、地元の人・散歩の人にはあいさつをくれたのに、私にはあいさつをくれなかった。

私は公園を抜け、市役所前のバス停でバスを待った。



しばらくして、寝子さんからメールが来た。
たぶん旅