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もうホームに灯りは点らない
もうホームに灯りは点らない
 
2003年11月30日限りで廃線となる可部線可部〜三段峡(通称可部北線)に、まさに廃線とならんとするその日に行ってきた。

 地元広島の可部北線がなくなるという話は、いきなり始まったわけではない。この話は5年ほど前に廃止の話が既に出ていた。勿論地元の反発は必至で、地域住民らは連携を強め、存続運動から地域運動に発展した沿線づくりに取り組みつつも、存続を願った。これらの運動は地域連帯の強化につながったが、それらの連帯も一歩及ばす、残念ながらも可部北線は廃線決定という結末を迎えることになってしまった。
 
 
 
 
 
 かつて可部線の駅を全駅乗降しようと試みたことがある。半年前に行ったその試みは、少ない本数の中で行われたので、沿線の徒歩を伴うものであった。残念ながら写真は残っていないが、駅間徒歩の中では、沿線の豊かな自然、木々や太田川の流れ、全ての美しさが印象に残っている。
 
 
 
 
 
 さて、それから約7ヶ月後。いよいよ廃線の秋を迎えた。
 
 
 
 可部駅には、リニューアル完全転換クロスの車両で到着。先客は多数。
 
 
 
 三段峡行きの列車を待つ人々。
 
 
 
 7ヶ月前のこのときは、可部駅で三段峡行きを待機している者は私を含めて僅か3人だった。そのときは既に廃線は決まっていたはずなのに。
 
 
殿賀駅にて。  
 
 
 
 上殿駅にて。
 
 
 
 7ヶ月前、三段峡駅に降り立った人は、小学生十数名、学生数名、お年寄り数名、私、の計二十数名だった。
 
 
 
 ただ車止めが寒く光るだけ。
 
 
 
 三段峡のダムは、祭の風景を見守っていた。
 
 
 
 老兵。
 
 
 
 三段峡は特別名勝。広島や全国から客を集める。
 
 
 
 三段峡駅を遙かに臨む。
 
 
 
 三段峡を楽しもうとする客はごく一部だった。
 
 
 
 つりぼり。
 
 
 
 一日5本のうちの一本が引き返していくところ。
 
 
 
 伝言板。
 
 
 
 現地で売っていたおはぎ。黄粉とあんこ。
 
 
 
 あの日と同じ道のりを歩いてみた。
 
 
 
 
 数カ月も経てば風景と同化してしまうのだろうか。
 
 
 
 もはやあるべき本来の方向を向くことはない。
 
 
 
 可部北線三段峡延長に尽力した人の碑。
 
 
 
 路線の夢の話だけをした。
 
 
 
 祭の一方でそこから少し離れた所では。
 
 
 
 だれも覚えていない駅舎。
 
 
 
 
 広島人と同時に京都在住であることは、広島のイベントに半分非地元人として行くことの後ろめたさである。
 
 
 
 新幹線の外は、もう夕暮れだった。
 
 
 
だれも覚えていないあのホームに
もう灯りは点らない。

たぶん旅