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名鉄岐阜市内線レポート
 恥づかしながら路面電車と聞くと、ついつい体が反応してしまう我が体。そんな私が名大祭に立ち寄った序でに名鉄岐阜市内線を完乗しようではないかと思い、行動したのが、今回のレポートの内容である。
 その日の朝は、早くから名古屋にある友人Tのアパートを出て、岐阜に向かう。乗るのは、JR東海名古屋〜岐阜間特別快速。何が特別なんかは分からぬが、それでもJR西日本では絶対にあり得ない、ピンピカピンの新造車両の特別快速に乗って、いざ出陣。特別快速といっても、山陽シティーライナーとさほど変わらぬ所要時間。特別といわれる所以は、異なる2県同士をつないでいるからであろうか。んで早くも岐阜駅に到着です。

 んで新岐阜駅まで歩いて、一日乗車券を購入。受付のおじさんのいぶかしげな目が印象的だった。「おまえ、ほんとにそれを買うのか」みたいな感じ。いや、それ以前にJR岐阜駅と、名鉄新岐阜駅って、余りにも遠く離れすぎているような気がする。

 そもそも、今回は本当は岐阜周辺の観光をしながら、路面電車を楽しもうという予定だった。しかし、岐阜市内線(黒野線、美濃町線を含む)の停留所周辺には目立った観光名称は存在しないことが発覚。あったとしても、それは車で行くのがふさわしいところだったり、一日がかりになりそうだったりして、結局は路面電車だけを楽しもうか、という結論に至ったのである。ただ、こういう時は極力地域住民の迷惑にならぬようさりげなく行動しなければならない。これは常に念頭に置いている。普通に乗り降りすれば、安易に達成できる事ではあるが。

 そういうことなら、名鉄谷汲線がおすすめである。誰かがそういっていた。しかし、谷汲線はもはや廃線であった。そういえば、Tのアパートで、深夜のTVで「谷汲線・めぐる四季」という番組を延々とやっていたのを見た記憶がある。あそこの路線は一度金をかけてでも行っておくんだったと、ちと思ったりする。

 そういうことで私は一日乗車券を買った後も、新岐阜駅から乗るということはせずに、岐阜駅前から乗車する事にする。岐阜駅前電停には、こんな掲示がしてあった。

お知らせ
交通渋滞等により電車が新岐阜駅で折り返し
運転することがありますのでご了承ください。
お急ぎの方は新岐阜駅前までお越しください。


 この掲示を見て、この電停はトマソンか、とも思ったが、当日は車が少なかったので、しばらく待っていたら、電車がやってきた。777−776の黒野行き、連接車両である。岐阜駅前では私以外に乗客は皆無であったが、新岐阜では、大勢の人が乗ってきて、車内は一気に賑やかな雰囲気になった。しかし、新岐阜駅前停留所を見て思うのは、あそこは危険地帯だろう、ということである。この車両に相当の人が乗ってきたし、私も窓から見たが、相当の客が、あの地べたのペイントの中で待っているのである。その中には勿論お年寄りも含まれる。これは名鉄のサービスが悪いからではなく、名鉄岐阜市内線の輸送能力を岐阜市が理解していないから、なかなかそこら辺の整備がしにくいのだと思われる。市内線の停留所が、日に何本も来ることのない岐阜駅前―――それもいちいち地下道を通って行かなくてはならない―――とは皮肉以外の何者でも無かろう。

 さて、当初の目的は美濃町線に乗る予定だったので、当然の事ながら黒野行きでは逆方向になってしまう。私は徹明町でおりることにした。しかし、徹明町で下車したのは良いが、近くに横断歩道らしいものが見あたらぬ。横断歩道を探していたら、一人の女性が横断歩道のない道路を車の間を縫って駆け込んできた。非常に危険きわまりない行為である。どうやら、ここから、次の列車が来るらしい。案の定、列車がやってきた。801、単両、一部低床車の野一色行きである。電車は、しばらくは複線区間を走っていたが、梅林から単線区間、閉塞運転になってしまった。その単線区間に、今度は右折のための自動車が軌道敷内に進入して、列車のゆく方向を妨げる。ここで気の短い広島電鉄の運転士なら、警笛を鳴らしてけちらかし、注意を促し、それでもだめなら大きい車体を自動車のぎりぎりまで寄せるという強硬手段に躍り出るのであるが、どうやら、岐阜市内線の運転士は、警笛すら鳴らさぬようだ。みだりに警笛を使用してはならぬという縛りがかけられているのであろうか。

 競輪場前の電停でもっとこの広島人を驚かせる出来事があった。安全地帯(本当は標識もない地上のペイント)に自動車が猛スピードでつっこんできたのである。その右折車は、電車が死角になっていて、競輪場前の電停は見えないはずであった。非常である。その日はたまたま人がいなかったが、もし人がいたと考えると、それは恐ろしいものがある。

 最近の市内線は、野一色折り返しだが、実は均一料金区間は日野橋までである。そこで、市内線では田神線の関行きの電車と、野一色折り返しの電車との接続をすこぶるよくしている。私が乗っていた電車では、しばらくして、関行きの赤い車両が右手側から見えてくる。それが交差点を通過した後、信号に従ってこの電車は直進する。

 終点の野一色でちょうど関行きが待ってくれていた。急いで乗り込む。するとすぐに発車してしまった。実は私が持っている一日乗車券の有効範囲は、均一区間のみ、すなわち日野橋までなのである。あまりに区間が短かったため、車番をチェックする余裕が無く、また、車内スペースも、それを許してはくれなかった。私はそのまま、日野橋でおり、次の新関行きの列車を待つことにする。

 程良く待った後、新関行きの電車が到着する。887−888の連接車両である。赤い車体が名鉄岐阜市内線(ここは美濃町線だが)らしさをあらわしている。美濃町線は全線単線である。途中数駅に行き違い施設があるが、ここでは、自動閉塞を行っているもの、手動閉塞でがんばっているものがある。乗客マナーは何処の世界も余り変わらないようで、例えば、若者の集団が座席を余りにも広くとりすぎていたりするのは、広電でもよく見かけたことだ。そのときは立ち客はいなかったためか、彼らはその行為が行儀の悪い行為であるとは自覚していないと思われる。

 さて、気を取り直して、線路に目をやってみる。…保線状況は、可もなく不可もなくという感じである。どうやら保全には最低限度の資金しか投入されていないらしい。よって線路には雑草が生え放題であったし、枕木がとれているところも、ぽつぽつと見受けられた。バラストを敷かずにそのまま土の上にレールだけ敷いているところもあり、その線路は、あろう事か人の家とほとんど何の境界区分もされぬまま敷かれているところもある。路面電車とはいえど、専用線でこの状況はいかがなものかと首を傾げるも、これが岐阜流のやり方である事よと、すぐに納得してしまう。

 列車は下芥見の駅で手動閉塞区間に入り、列車同士が行き違いをする。しかし、ここの駅もそうだが、駅の標識がないとこれは本当に駅なのかということすら判定不可能なものがある。コンクリで一寸地面より数センチ盛り上げて、そこに標識を立てているにすぎないのである。余談だが、行き違い時にポイントを跨ぐが、そのときの振動で窓が少々開いてしまった。

 んで白金から新関まで、不覚にも爆睡してしまった。風景が平和であり、かつ表定速度が非常に遅かったせいである。目覚めたときには、既に終点新関の手前であった。新関駅は、微妙に大きい。一応といっては何だが、ターミナル駅の機能を果たしうる立派な駅である。新関駅を下車した私は、その足で美濃町線の真の終点、関駅へと向かう。新関駅から関駅へは歩いてほんの数分という環境である。昔は新関駅から美濃の方にレールが延びていたらしいが、長良川鉄道との並行区間になってしまうため、競合をさける意味で廃止されたらしい。名鉄関駅は、一応は長良川鉄道との乗換駅になっている。私は名鉄関駅の本当に小さな屋根付きの駅舎の中で旅のおともを読みつつ、長良川鉄道の保線作業員の働く様を見ながら、列車を待っていた。列車は30分位して現れた。そこで数人の人がおりていたが、そのほとんどが、制服姿であり、そのまま長良川鉄道の関駅へと消えていった。私は何でこんなところに人がいるのだろう、というような、いぶかしげな目で見られたので、少々恥ずかしい気持ちになった。

 関からは田神線経由新岐阜行きの列車に乗り込む。880−881の連接車両で、乗客は私しかいない。運転士は若干見切り発進気味である。関駅の出発信号はまだ×であった。多分ダイヤの関係上、少々の見切り発進でも大したことはないはずである。しかし、運転士としての自覚を持ってせめて信号は守ってほしいものだ。

 新関駅で結構な人数の人が乗ってくるが、それでも座席はいっぱいにならない。この運転士は少々運転ががさつなようで新関駅から50km/hオーバーの速度が出ていた。広島では当たり前のスピードも、ここになれてくると一寸違和感がある。それは今まで乗った列車の運転士が、痛いくらいに制限速度を遵守していたからであろう。軌道敷内で50km/h超の速度を出す広島電鉄とは偉い違いである。

 さて、電車は競輪場前の電停のある交差点を左に折れた後、市ノ坪から新岐阜まで専用線である。田神から直流600Vから1500Vに昇圧しているせいか、モーター音がやや軽快な音となった。列車はこのまま新岐阜駅でターミナルに入り、そのまま新関に折り返すらしい。

 私はここで乗り換えた後、揖斐線に向かうことにする。次の列車で忠節に向かい、そこでおりることにする。やってきたのは単両の785、黒野行きの普通列車である。ここまで来ると、市内線沿線の安全地帯(?)に関してはもう慣れてしまった。安全地帯にズカズカと車が乗り込むのが岐阜流である。そんなことを忠節までにしっかりと身にたたき込んで、忠節駅をおりる。

 昔、忠節駅はスーパーマーケットか何かだったらしい。路面電車の駅にしてはあまりに大きな駐車場と、シャッターがほとんど閉じたテナントの群をみてそう判断する。今は廃墟で、残酷だが、見る影がない、という表現が妥当である。私は少し遅い昼食をとるため、忠節駅から少し離れた手作りサンドイッチのお店で、サンドイッチを購入し、次の列車を待っている間に食する。

 次に私が乗った列車は黒野行きの単両782、である。黒野駅には改札に職員が2名待機しており、ここで購入したキップには改札でスタンプが入れられる。電車は新岐阜からここまでは複線であったが、ここから揖斐線は全線単線である。ここで面白いことといえば、尻毛を「しっけ」と読むことである。「尻」という文字にはいやな思い出しかない。だから、広電の「田尻」が「広電阿品」に名称変更したことは、大変歓迎すべき事である。話がそれた。

 沿線を観察していると、このまま乗っていたら体がとろけてしまいそうなくらい平和である。踏切の音はどきつい警告音というより、まるでおばちゃんが鍋をたたいて列車の接近を知らせているかのような音である。それは和楽器の「鉦鼓」に似ているような感じである。揖斐線の保線状況は往々にして「良」である。バラストのバランスも良いし、雑草が生い茂っているという感じでもない。枕木が抜け落ちているということもない。大変安定して走行できた。

 政田駅で数分の行き違いの後、黒野駅に到着する。昔はここから、谷汲線が北へ北へと走っていたが、今ではその役割はバスに取って代わられてしまっている。バスに乗って谷汲まで行こうとも考えたが、結局、時間が無かったので黒野駅周辺を散策してそのまま引き返すことにする。黒野駅にはバラストを積んだ貨車が待避線に待機していた。近々補修工事が行われるのであろう。

 次に乗ったのは、岐阜駅前行きの875−874の連接車両である。沿線は一面に宅地と畑が広がるのみである。とそのとき、珍しくも、電車がけたたましい警笛を立てて急ブレーキをかける。何の事だと動揺した。何の事はない。子供が一人、踏切のない線路を横断しようとしていたのであった。この線路は、子供にもなめられている。そう感じたのは私だけであろうか。列車は何にもなかったかのように再加速を始める。

 忠節駅で、なぜか乗り換える。一日乗車券の適応を受けるために、キップは忠節までしかかっていない。そこで、忠節駅で乗り換える必要があるのである。幸い揖斐線は美濃町線ほどダイヤが劣悪ではなく、すぐに列車がやってくる。次の列車は773−772の連接車両で岐阜駅前行きである。列車は乗降客がいなくても、律儀に電停にとまる。市内線の扉はスイッチ一つで開くのではなく、何かの棒を穴に差し込んで回すと、開くようになっている。市内線でもきっちりダイヤが組んであるので、時間調整もかねているのであろう。また、その安全地帯の特性上、駆け込んでくる客もいるかもしれない。また、歩道に立ててある時刻表のところで待っている人もいるかもしれない。そういう予測の下で運転士はそういう行動をとるのであろうか。新岐阜駅前の放送ではこんな放送が流れた。

道路事情により、新岐阜駅前で折り返す場合がございます。
ご了承ください。


 道路事情はすさまじかった。軌道敷内まで自動車が入り込み、ピクリとも動かない。なるほど、これが岐阜市内線の本性であるのだな。そういう直感が働いた。新岐阜駅前には職員が待機している。今回はここで折り返すらしい。乗客は、行儀良く一列に並び、次々とおりてゆく。私は一番最後に下車する。岐阜駅前では結局下車することができなかった。

 JR岐阜駅前、東陸橋地下道入り口には、「新しい岐阜駅周辺図」という絵入りの立て看板が立っていた。その立て看板には、現在名鉄岐阜駅前駅のあるべきところが3車線の道路の一部となっていた。どうやら岐阜市が未来型に脱皮するためには、名鉄岐阜市内線の排除が急務である、という主張は、公然と市やそこの管轄の役所によってなされているようである。


さて今回の決済。
名古屋市営地下鉄¥230×2¥460
JR名古屋〜岐阜¥450×2¥900
市内線一日乗車券¥530¥530
その他区間の経費¥340
¥510
¥340×2
¥340
¥510
¥680
合計¥3450
…あほだというつっこみはしないでほしい。その為に結構生活費削ってあるし。
たぶん旅